医療業とは、日本標準産業分類においては「医師又は歯科医師等が患者に対して医業又は医業類似行為を行う事業所及びこれに直接関連するサービスを提供する」事業とされ、主に病院または診療所において行われる。
「病院」とは、医師または歯科医師が、公衆または特定多数人のため医業または歯科医業を行う場所であって、20人以上の患者を入院させるための施設を有するものをいう(医療法1条の5第1項)。
「診療所」とは、医師または歯科医師が、公衆または特定多数人のため医業または歯科医業を行う場所であって、患者を入院させるための施設を有しないものまたは19人以下の患者を入院させるための施設を有するものをいう(同法1条の5第2項)。
病院と診療所(クリニック)の違いは、「患者20人以上の入院施設を有する」か、否かである。また、病院には有する病床の種類によって名称が異なる。
病院・診療所の組織は、大きく医療部門と事務部門に分かれる。医療部門には、医師の他に看護師、理学療法士、薬剤師、放射線技師など様々な専門職種が含まれ、一方、事務部門は事務長によって統括され、経営企画、情報管理、人事、医事、経理、総務・庶務などが設置されている。
患者を受け入れる体制として、大きく「外来」と「入院」がある。病院は本来、急性期医療を行って重傷な患者を治すことが期待されているが、外来に軽傷な患者も多く集まっている現状がある。そのため、厚生労働省は、診療所の外来について受入れを拡大することで、病院の外来機能を①紹介状持参の患者に限定することによる病院の外来縮小、②専門外来の確保、の2点に集約化させようとしている。 患者へ医療サービスを提供するには、医師・看護師等の医療従事者の採用、医薬品、診療材料などを仕入れる事業者との取引が必要となる。医療サービスの対価である医療費は、3割(後期高齢者は1割)が患者から負担され、残りは保険者から支払われる。
高齢者(65歳以上)人口は、2014年実績で約3,300万人であり、その後も増加し続け、2040年には3,920万人に達してピークを迎えると推計されている。一般的に、年齢が高くなるにつれて人口当たりの患者数は多くなる(受療率が高くなる)傾向があるため、今後も患者数の増加が続くものと考えられる。
国内の高齢化は年々進行し、2014年10月時点の全人口に占める高齢者(65歳以上)の割合は、約26%となっている。
入院患者の高齢化はさらに急速に進んでおり、高齢者の入院数は約96万人で、全体に対する割合が73%を超えた。
受療率が高い高齢者が増加していることで、社会保障給付費もまた増加の一途をたどっている。2017年度には総額で120兆円に達し、内、医療部門は39兆4195億円を占める。
医療サービスは医師・看護師などの有資格者によって提供される。患者規模に対して医師・看護師は必要数を配置するこことが求められており、近年においては、有資格者の手厚い配置が保険診療報酬単価の維持・確保にも繋がる。
これらの専門職種不足が問題となっており、看護職員については需要が供給を上回る傾向が続いている。
医師については、「現状で確保できている医師数」に対する、「地域において必要な診療を維持するために確保が必要な医師数」の倍率(必要医師倍率)が全国的に1.00を超えており、とりわけ地方においては高い値となっている。将来的には医師の供給が需要を上回っていくという推計があり、総数は確保されつつあるため、地域ごとの偏在を解消していくことが課題といえる。
医療用医薬品には,新たに研究開発された「先発医薬品」と、その特許満了後、先発医薬品と有効成分等が同一であるが他メーカーが製造する医薬品である「後発医薬品」がある。後発医薬品は、欧米では有効成分の一般名(generic name)で処方されることが多いため、「ジェネリック医薬品」とも呼ばれている。
医療用医薬品の流通経路は、先発医薬品と後発医薬品(ジェネリック医薬品)とでは異なる。先発医薬品の場合、メーカーは卸売業者を通じて医療機関等に販売している。後発医薬品の場合、メーカーが独自に築いた直販や、後発医薬品専業の販売会社を通じて販売するケースなどもあり、卸売業者を通じて販売するルートとそれ以外では半々程度の割合とされている(公正取引委員会「医療用医薬品の流通実態に関する調査報告書」より)。
後発医薬品(ジェネリック医薬品)は、先発医薬品に比べて研究・開発コストがかからないため、通常、低価格で販売される。この場合、薬価差の乖離率をどの水準とするべきかが問題となる。
医薬品卸売事業者にとって、医薬品の実質的な仕入原価は、メーカーからの仕切価格から当該医薬品を販売することによって得られるリベートとアローアンスを差し引いた価格である。リベートとは、製薬会社から医薬品卸事業者へ支払われるもので、流通機能の評価に基づいて契約された支払金で、一方のアローアンスとは、製薬会社から医薬品卸事業者へ支払われる販売促進活動やプロモーションの評価に基づいて契約された支払金である。
仕切価格と薬価の差は、医薬品メーカーの仕切価格と保険償還価格との差である流通マージンであり、医薬品卸と医療機関における利益の源泉である。近年では、連続的に薬価がマイナス改定されており、仕切価格と薬価の差が年々縮小することによって、収益もまた圧迫されている。
診療材料に係る診療報酬については、微減傾向で推移している。
1985年までは医療基盤の整備と量的拡充のため病院の数は増加し続けた。量的な確保はほぼ達成されたものの、地域的な偏在が見られ、医療施設の機能分担も不明確であったため、1985年に医療法が改正される(第1次医療法改正)。これにより、都道府県単位による医療計画制度が導入され、従来の公的病院の病床規制に加え、都道府県知事が民間の病院についても勧告を行うことができるようになったことで、自由開業制に一定の制約が課され、病院病床数の伸びに歯止めがかかった。
一方で、診療所は増加傾向を維持している。病院が医療計画に基づく病床規制の影響により新規開設が難しくなったことに対し、診療所(特に無床診療所)は規制の影響を受けないことが理由と考えられる。
日本の総人口に占める高齢者(65歳以上)の割合は年々増加し、加齢とともに健康に問題を抱える人も増えており、医療ニーズの増大は国民医療費に影響を及ぼしている。
厚生労働省が健康寿命の延伸を目的に2013年4月にスタートした国民健康づくり運動「健康日本21(第2次)」では、がん、循環器病(心臓病・脳卒中)、糖尿病等の生活習慣病が重点分野とした。これら慢性疾患の多くは生活習慣の改善によってかなり予防できるものと期待される。
予防医療の取り組みが進み、生活習慣の改善などによって病気になるのを防ぐだけでなく、たとえ病気になっても早期に発見・治療して重症化を防ぐことができれば、医療機関の現行における機能が果たす役割は減少することになる。
2014年11月25日に施行された再生医療等安全性確保法においては、再生医療等の安全性の確保等を図るため、再生医療等の提供機関及び細胞培養加工施設について基準を新たに設けられた、これにより細胞培養加工について、医療機関から企業への外部委託が可能となった。また、同日施行された改正薬事法は、再生医療実用化に対応できるよう、再生医療等製品の特性を踏まえた承認・許可制度の導入を目指した内容となっている。
これら再生医療に係る法制度の動きによって実用化が進むことで、既存の治療法に代替する技術が生まれる可能性が高まっている。
売り手のメリット
買い手のメリット
魅力的な診療圏か
収益力があるか
職員の満足度は向上しているか
設備投資は適正か
診療報酬(病院や診療所が、患者に対して行った手術や検査、投薬などの診療行為に対する公定価格)は2年に1度の改訂で価格の見直しが行われる。平成26年度改定においては、患者の状態に応じた医療提供、療養環境、医療負担へと是正するべく、供給過剰となっている「7対1病床」(重症度、医療・看護必要度が高く、患者7人に対して看護師を1人配置する最も手厚いランクの病床)に係る基準の厳格化などが行われた。
厚生労働省の諮問機関である中央社会保険医療協議会からは、医療・介護の機能分化、役割分担による効率的な医療サービスを提供するという方向性が示されており、事業モデル自体の転換が迫られている病院が多く存在する。しかし、その新しい事業モデルに見合う医師、看護師、セラピストなどの専門人材が不足しているため、十分に対応できている医療機関は少ないというのが実情である。
経営を継ぐ後継者人材の不足はとりわけ深刻といえる。医療法人の理事長は原則医師または歯科医師でなければならず(脚注で医療法医療法第46条の3の第1項を示す)、法律によって後継者候補が限定されているため、この要件だけでかなり候補者のハードルが上がる。また、後継者が医師・歯科医師であっても親子で得意とする診療科目が異なる、子息等が志向する医療提供ができない、マネジメントより自身のスペシャリティの向上に興味がある、職員の雇用維持や借入金の返済など責任が重い、学問・研究のため地方から都市部に上京しているので、帰りたくない等の理由で、医療機関を「継がない」「継ぎたくない」ケースも少なくない。
一方では、病院のハード面の問題もある。高度成長時代の1980年代に新築・増築された病院は、すでに築30年を超えて老朽化しており、建替えの時期を迎えている。既存の借入金を返済するのがやっとという中で、多額の設備資金の調達が必要な状況に陥っている。加えて、消費税増税により負担はさらに増加することは避けられず、キャッシュフローはさらに悪化することが見込まれる。さらに、耐震改修促進法が改正され、病院のような不特定多数の者が利用する施設は耐震診断を行うことが義務化され、その結果は所轄行政庁がHP等で公表されるため、問題をいつまでも先送りにはできない状況である。
医療計画に盛り込む内容の一つに「基準病床数」という、二次医療圏ごとに、需要動向を鑑みて必要となる病院・診療所の病床数を定める制度がある。仮に、医療計画策定・見直し時点で既に存在している病床数(既存病床数)が基準病床数より多いエリアである場合、都道府県知事は、病院等の新規開設を認めないことができる(医療法第7条の2)。
このような制度面での高い参入障壁があるため、経営の効率化と事業モデルの転換に対応するにはM&Aは有効な手段となり得る。
医療を提供する施設の分類として、「病院」と「診療所」とがあり、病院とは20人以上の患者を入院させるための施設を有するもの(医療法1条の2第2項)、診療所とは、患者を入院させるための施設を有しないもの、または19人以下の患者を入院させるための施設を有するもの(医療法1条の5第2項)とされている。医療法人であることと、病院・診療所の区別は関係ない。その開設主体は、個人、国、地方自治体、社会福祉法人、厚生連、学校、日赤十字社 、企業など、幅広いのが特徴である。
医療法人は下図のように類型が細分化され、この医療法人の類型別にM&Aの手続きが異なり、開設主体ごとに管轄している官庁が異なるため、 M&Aの進め方も変わる。
現在、「社団たる医療法人」が医療法人全体の大多数を占めており、この「社団たる医療法人」の中でも、83.8%が「出資持分のある医療法人」である(平成2014年3月末時点) 。
この「出資持分のある医療法人」とは、定款に出資持分に関する定めを設けているものをいう(通常の場合、①社員の退社に伴う出資持分の払戻し、及び、②医療法人の解散に伴う残余財産の分配に関する定め)。
平成19年施行の医療法改正により、この出資持分のある医療法人の新規設立はできなくなり、既存の出資持分のある医療法人については当分の間存続する旨の経過措置がとられている。そのため、「経過措置型医療法人」とも呼ばれる。
医療法人(医療法人社団)における最高意思決定機関は社員総会である(株式会社の株主総会に相当)。この社員総会の議決権を有する者を社員といい、医療法人の場合、入社を希望する者が社員総会の承認を得て社員となる。社員となる要件に出資は含まれないため、社員には「出資をした社員」と「出資をしていない社員」が存在しうることになる。株式会社では議決権の数が持株数に比例するのに対し、医療法人の議決権は社員1人1個であり、出資者であっても、社員でないケースもある。
なお、株式会社が医療法人に出資をすることは制限されていないが、社員は自然人が予定されていることから、法人である株式会社 が医療法人の社員になることはできない。
持分のある医療法人の出資持分は、①社員を退社した時に払戻しを受ける権利(出資者であり、かつ、社員にしかない権利)、②解散時に残余財産の分配を受ける権利の2つの内容を持つ財産権である。そのため、相続時には、この出資持分は相続税の課税対象となる。
例えば、出資持分の払戻請求権は、出資を行った社員が退社した場合に発生するのが一般的である。その金額は、退社時点における当該医療法人の財産評価額に、同時点における当該退社社員の出資割合を乗じて算定されることになる(出資額限度法人においては、この払戻される金額の上限が払込出資額そのものに限定されている)。
剰余金が蓄積していった結果、出資持分が多額になると相続財産としての課税価格も大きくなり、納税負担が重くなる。これを相続税の課税対象から除外するためには、「出資持分のある医療法人」から「出資持分のない医療法人」への移行が対策の一つとして考えられる。その方法は、医療法人の出資者全員がその出資持分全部を放棄し、定款上の払戻請求権の規定の削除と解散時の残余財産の帰属先を国等に帰属するよう定款を変更するというものである。
出資者全員が放棄した出資持分については、相続税法上、持分の定めのない医療法人が、その経済的利益を「贈与によって取得したもの」とみなされる。仮に贈与(放棄)した者の親族その他これらの者と特別の関係のある者の相続税や贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるとき、医療法人を個人とみなして贈与税が課される。
贈与となれば、課税価格3,000万円超で最高税率の55%に達することになり、病院経営において潤沢とは言えない資金繰りをさらに逼迫させ得る問題といえる。
また、持分のない医療法人へ移行することを検討している途中に相続が発生してしまい、相続税の支払いのために、やむを得ず払戻請求権を行使するなど医業継続に重大な影響を及ぼす問題もあったため、平成26年度税制改正で「医業継続に係る相続税・贈与税の納税猶予等(医療法人の納税猶予制度)」が創設された。
「医業継続に係る相続税の納税猶予等」とは、医療法人の出資持分を相続または遺贈により取得した場合、その医療法人が相続税の申告期限において認定医療法人であるときは、担保提供を条件に、当該出資持分にかかる相続税が移行計画の期間満了まで猶予される制度である。移行計画の期間満了日は、厚生労働省による移行計画の認定日から起算して3年を超えないことが必要である。移行計画の期間満了までに、その相続人が出資持分の全てを放棄した場合、猶予された相続税は免除される。認定医療法人とは、持分のない医療法人に移行する計画を作成し、その計画について平成29年9月末までに厚生労働大臣の認定を受けた医療法人をいう。移行計画の期間満了までに、持分のない医療法人へ移行しなかった場合、認定の取消しがあった場合、相続人が持分の払戻しを受けた場合等には、納税猶予は打ち切られ、猶予された相続税と利子税を納める必要がある。
医療法人のM&A手法は、合併、出資持分譲渡(社員・理事の入退社・交代を含む。以下同様)、事業譲渡だけで、株式会社における会社分割、株式交換・移転のような組織再編手法はない。
医療法人のM&A手法のうち、実務上多く採用されているのは、出資持分譲渡である。その主な理由は、合併や事業譲渡は行政の許可が求められ、また、手続期間が比較的長いのに対し 、出資持分譲渡は、理事長含む役員等の変更届出および理事長の変更登記を行えば足り、手続期間が比較的短いことにある。
現状、医療法人の標準的な評価手法というものはない。DCF法や 時価純資産価額方式は株式会社のM&Aで用いられる評価方式であるが、医療法人の評価で用いられることは少ない。
DCF法は、医療法人における加重平均資本コストの算定困難さから医療法人の評価に馴染みづらいといえる。また、時価純資産価額方式は、医療法人の主要資産である医療施設はその特殊性から換金価値での評価に適さないこと、そもそも医療法人の事業価値は資産の価値でなく医師や看護師等有資格者の人数や質によるところが大きいことから、医療法人の事業価値評価には馴染まない。
かつては、1床1,000万円など「病床マルチプル 」と言われる手法が採用されることもあったが、近年では、病床だけ に価値が付くことは少なくなっている。
重要なことは、相手方がどのような価値評価手法を採用しているかを知ることであり、それを知ることにより、M&A成約に向けた建設的な話し合いが可能になる。
M&Aは各利害関係者にとってメリットのある内容ではあるものの、進める上では大きく3つの留意点がある。
①職員への情報開示
②時間軸が限られている
③適切な買手を見つける
④売手オーナーの社会的地位、生活に配慮する
まず、職員への情報開示には注意が必要である。特に、再生局面にある医療機関は、既に職員の中で不安が広がっている。このような中でM&Aの噂が広まると、「ついに当院も身売りされてしまうのか」と動揺が走り、職員の離職につながるおそれがある。
二つ目に、時間軸という問題がある。再生局面にある医療機関では、金融機関との契約期日、資金繰りなどのリミットが存在するケースがほとんどであり、限られた時間の中で、買手候補の選定、交渉、クロージングまで進めるスピード感が重要になる。
三つ目に、売手単独の価値を超える価値を見出してくれる買手が望ましいと言える。そのような買手を選定するためには、M&Aによる買手のメリットを考えることが必要である。買手のメリットは、例えば、ドミナント戦略の実現、新分野・エリアへの進出、医療従事者の確保、患者の紹介等である。また、売手単独では資金的な制約から実施できない設備投資を買い手の資金力で実現するなど、売手の持つ潜在的な価値を実現できることもM&Aによる買手のメリットといえる。
四つ目に、売手オーナーの社会的地位、生活、に配慮することは、重要なポイントである。売手が再生局面である場合、買手は、どうしても「売手を助けてやっている」「自分は売手より上の立場」と思いがちであるが、売手のオーナーは、これまで経営を行ってきたというプライドを持ち、また、今後の家族や自身の生活のことを考えている。M&Aを進めることが理屈上如何に正しくても、買手が如何に好条件を提示しても、買手の配慮に欠ける一言で、成立しかけたM&Aが頓挫するケースは少なくない。