山田コンサルティンググループ(以下YCG)において、2006年にヘルスケア(医療・介護・福祉)分野の専任部署を立ち上げ、経営コンサルや事業承継、M&Aを数多く手掛けてきた川村和人。その専門知識や知見は、一般企業とは異なるビジネス環境の中で苦悩する医療機関の経営者から、絶大な信頼を得ている。ますます厳しさを増す医療業界における事業承継、M&Aの意義について話を聞いた。
私がYCGの前身である山田ビジネスコンサルティング株式会社(YBC)に入社したのは、2005年のことです。前職は、管理会計の仕組みの導入、業務フローの見直しなどをメインに行うコンサルタントでした。同じコンサルティングの仕事でも、経営者としっかり議論し、経営戦略を一緒に考えていけるYBCの仕事に魅力を感じて、転職したのです。
当時の仕事の中心は事業再生でしたが、2006年、金融機関からの相談をきっかけに、医療分野専任のコンサルチームを立ち上げることになりました。一般企業の事業再生の知識に加えて、医療機関特有の収益構造への理解や制度動向の把握など、ちょっと特殊で専門的な知識を要します。医療機関向けのコンサル経験もあった私は他のメンバーと共にチームを立ち上げ、全国の医療機関の再生を支援しました。
昨今では、生産年齢人口の減少だけでなく、高齢者人口も含め国内の人口が減少しはじめており、働き手が少なくなっているだけでなく、患者が減少する時代に入っています。経営者の高齢化に加えて、こうした環境の変化により事業が厳しくなり始め、単独で運営を続けることが経営戦略上どうなのか、という岐路に立つ法人が増えてきました。今は、資本戦略事業本部でヘルスケア分野を専門として、医療、介護、福祉の事業を担うお客様の事業の承継およびM&Aを担当しています。
医療や介護の世界は、法制度や法人格が一般企業とは異なるだけでなく、収益構造も異なります。医療機関の収入は、税金と健康保険等で賄われていますが、国の財政が報酬制度に反映され、結果として事業者の収益に影響を与えます。例えば、医療は2年に一度、介護は3年に一度、それぞれ報酬改定があります。マイナスの改定の場合は、医療機関の利益に直接的なインパクトを与えるため、改定の内容に振り回され事業を既存させてしまうケースも少なくありません。
そのため、目先の改定に振り回されずに、将来的な人口動態、制度動向、医療・介護の需要動向も踏まえて事業発展のお手伝いをするのが我々のミッションです。国の政策が事業者の経営にダイレクトに影響するため、制度動向や事業内容に関する専門知識や収益改善などのノウハウがないと対応が難しいのです。
さらに、医療業界を取り巻く外部環境はかなり厳しくなってきています。患者の減少による病床の稼働低下や困難な採用事情など、日々事業を進める上での現実的な課題や苦労に加え、先の見えない不安から、将来を見据えてどう道筋を立てて事業を続けていくべきかというご相談をいただくことが増えました。
こうした状況は地方において顕著ですが、都市部においても顕在化してくるでしょう。実際に地方の大型都市や、埼玉や千葉、神奈川の郊外では、すでに課題に直面している法人があります。もう目の前に迫って来ている危機です。激変する外部環境に単独経営での生き残りが厳しくなる中で、他の法人や施設との連携で活路を見出せるお客様は少なくありません。人も情報もお金も技術も含め、いろいろなことを補いながら成長戦略を描けるM&Aは、ヘルスケア業界でも注目されています。
M&Aというと、買う側、買われる側といった関係を意識して警戒したり、自分の分身のような法人が誰かの手に渡る寂しさを感じたりするのは、オーナーなら当然のことでしょう。しかし、その後の法人がどのように変わるかで、その感情も変わっていくのだろうと思います。我々の仕事は、その法人がその地域で求められる役割を果たしつづけるため、最適なお相手を探し、その法人が抱える課題の解決し、新たに発生する課題を継続的にフォローしていくことが理想です。M&Aは、経営課題解決のための一つの手段で、決して万能な解決方法ではありません。お客様に夢を見せるだけではなく、厳しい現実を伝える必要もあります。特殊な業界で難しいところはありますが、それだけにやりがいがあります。クライアントと真摯に向き合い、「あの時に決断して良かった」と思っていただけるよう、一つひとつの案件に全力で取り組んでいます。
お客様との信頼関係から、深く長いご縁をいただくこともあります。数年前、過去に事業再生のお手伝いをした医療機関の経営者の方から、事業承継のご相談がありました。ご本人が高齢になり、法人内にご親族が医師としてお勤めにはなっていたものの継がれる意思はないとのことで、第三者への承継を希望されたのです。案件として動き始めると、長年務められている事務方から第三者承継への反発が起こりました。そして、度重なる議論の結果、第三者承継の検討を止めてご親族への承継を目指すという判断があり、いったん棚上げとなったのです。
この案件では、様々な立場の方々の思いや人間模様を見ることになりました。棚上げになった時も、それぞれの方に寄り添い、ディスカッションを重ねました。その結果、ご親族である医師自らが、第三者に委ねた方が地域の発展のためにもなると判断され、最終的にはM&Aの決断に至り、周囲の方々も納得されたのです。譲渡のご相談を最初に受けてから4年以上の歳月が経っていますが、その方は今でも同法人内で医師として働き続けています。
事業再生から十数年のお付き合いがあるクライアントです。経営が安定して軌道に乗り、抱える課題が変化していく中で、その解決にもお役に立てたのはコンサルタント冥利に尽きます。こうした関係性のクライアントが増えていくよう、やはり一つひとつの案件に真摯に取り組むことが大切だと思っています。
YCGは、そもそも経営コンサルティング会社ですので、M&Aにしても、単純に「売りたい」「買いたい」だけの企業のマッチングではなく、経営戦略の視点から、承継後の両社が共に幸せになれるかどうかを真剣に考えます。財務面だけではなく、その事業の将来性や業界動向などを含めて相性を見るように努めています。
また、いろいろな分野の専門家がいることも、当社の大きな強みでしょう。ヘルスケア分野における事業承継という特殊な領域の中でも、法律の専門家、税務の専門家、医療業界の実務を知るスペシャリストの知見を結集し、それぞれの法人にとって最適な道を示すことができます。
経営者の悩みは多岐にわたり、一つだけ解決すればOKということではありません。様々な悩みが複雑に絡み合って、解決の糸口がつかめずにいることがほとんどです。YCGには専門家がたくさんいますので、ワンストップで経営者の方の課題解決のお手伝いができます。すべてを解決できるとは断言できませんが、必ず課題解決の一助になるはずです。
今、国家予算の中で社会保障費が大きな割合を締めています。医療費は40兆円を超え、介護費は10兆を超えました。今後、事業者に支払われる医療報酬、介護報酬が抑制されていくことは間違いありません。事業環境はいよいよ厳しくなりますし、変化をし続けなければ生き残りは難しいでしょう。ところが、医療業界はこうした変化に慣れていない業界です。業務内容自体が、決められたルールをしっかり守り、指示通りにやることで命が守られる、という業界だからです。現場レベルの業務においては、決められたことをしっかりと守りつつも、経営面ではスピード感を持って自らを変革させなければならないという矛盾を抱えています。患者さんに向き合う時は今まで通り「正しい」やり方を踏襲し、経営を考える時にはアグレッシブさが求められる時代です。
医療法人の経営者は基本的には医師です。医師であることと経営者であること。この両立は、自分の中に相反する考えを持つことでもあり、とても大変です。他の業種とは違い適性が異なっている場合が多く、我々はそこを踏まえてフォローする必要があります。また、M&Aといった話題に触れる機会自体が少なく、税や会計、経営についても知らない方が多い傾向があります。できるだけ難しい言葉や専門用語は使わずに丁寧に状況説明をするなど、「理解していただけているかどうか」に重きをおいて話すように努めています。医師は臨床現場ではデータやファクトに基づいて方針を決めます。我々もこれにならい、状況、事例など具体的な事実を積み上げて、対話を重ねることが重要だと思っています。
M&Aに限らず、漠然とでも事業承継に課題を感じている方には、まずは気軽にドアを叩いてほしいです。弊社では、医療・介護事業はもとより、いろいろな業種、業態の案件を手掛けてきています。方向性を定めるにあたってのヒントが見つかるかもしれません。経営者は孤独です。孤独の中で思い悩まれるのではなく、まずはご相談いただきディスカッションさせていただきたい。そうすることで、考えが整理されていきます。始めは自分の頭の中を棚卸しする際の話し相手として、くらいの感覚で構いませんので、お気軽にお声がけいただければ幸いです。
(2020年10月 インタビュー)
コーポレートアドバイザリー事業本部 ヘルスケア・セクター 部長
川村 和人
川村 和人(かわむら かずひと)
コーポレートアドバイザリー事業本部 ヘルスケア・セクター 部長
医療機関・介護施設の業績改善、再生支援、建て替え・事業モデルの転換にかかわる計画策定などを多数経験した、ヘルスケア分野の経営コンサルタント。病院、有床診療所、調剤薬局、グループホーム、デイサービス、障害者施設等のM&Aを総合的に支援している。