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更新日:2026/02/06
テーマ: 03.海外ビジネス
中国:海外現地専門家が語る事業再生・撤退・カーブアウトの実務(後編)
前編で提案した撤退戦略に沿って準備を進めたとしても、持分譲渡の実行段階ではトラブルが生じることがあります。こうした事態を防ぐには、事前に持分譲渡における典型的なトラブルと対応策を把握しておくことが有効です。後編では、代表的な事例とともに対応策について紹介します。
持分譲渡でトラブルになりやすい7つのポイント
中国における実務では、「契約書の締結」はゴールではなく、新たな交渉の始まりとなる場合があります。なぜなら、契約書にサインをした後、実際に株式を譲渡し、代金を回収し、経営権を引き渡すまでの期間にこそ、中国特有の法規制や商慣習、そして人間の感情が絡み合った、厄介なトラブルが起こりがちだからです。
持分譲渡においてよく見られるトラブルには、主に以下の7つがあります。
1. 約定通り持分譲渡代金を支払わない
買い手側の資金繰り悪化や、意図的な支払い留保、あるいは銀行送金手続きの不備など、主観的・客観的な理由で発生することがあります。
2. 従業員からの経済補償金の清算要求に起因するトラブル
法的な支払義務がなくても、従業員が金銭的補償を求めてくることがあり、これがストライキや業務停止などを招く恐れがあります。
3. クロージング(引き渡し)に関するトラブル
クロージング時に営業許認可や従業員の引き継ぎなどが未完了の場合、契約通りにクロージングが行われているかどうかで争いになることがあります。
4. SPA(株式譲渡契約)で約定している買い手の義務不履行
売却後の商号変更やメールアドレスの使用、ホームページのドメインの移行などが期限内に行われないことでトラブルになることがあります。
5. プレスリリースに関するトラブル
上場企業の場合など、情報開示のタイミングに関して売り手と買い手の間の調整が不十分で、混乱を招くことがあります。
6. 準拠法と紛争解決手段
日本法か中国法か、裁判か仲裁か、どこの国の機関で争うかという議論がトラブルに発展することがあります。
7. 独占的交渉権に関する約定
買い手から独占交渉権を要求された際、解除条件などを明確にしておかないと、他社への切り替えが困難になる可能性があります。
これらの中で、実務への影響が特に大きく、日本企業が直面しやすいトラブルについて3つの事例を紹介しながら、その背景と対策を深掘りします。
日本企業が直面しやすいトラブル事例
以下の事例①では、中国の労働法で定められた「経済補償金」が争点となりました。これは会社都合で労働契約を解除する際に、勤続年数に応じて支払われる補償(例:N+1か月分)です。ただし、持分譲渡では法人格は存続するため、通常は法的な支払義務は生じません。一方で、従業員側の不安から清算を求められることがあり、拒否するとストライキ等に発展するリスクがあります
事例①従業員からの「経済補償金」要求
ある日系企業の持分譲渡案件で、従業員から経済補償金の支給が求められました。
法的な支払義務はありませんが、実務では要求が出ることが珍しくないため、株式譲渡契約書では、万が一そのような請求が生じた場合には売り手と買い手が折半で負担する旨を定めていました。
ところが、買い手は「法的義務がないのだから、時間をかけて従業員と交渉すべきだ」と主張しました。一方、売り手側は「交渉が長期化して案件が頓挫するのは避けたい」「早期に撤退を完了させたい」という事情があり、焦りを抱いていました。
最終的には、結局売り手が譲歩して全額を負担し、従業員と早期合意に至って解決しました。
事例①から学べる対応策
持分譲渡においては、法的に経済補償金の支払い義務がなくても、従業員から請求が出る可能性が高いことを前提に準備すべきです。
契約段階で、万が一請求が生じたときの責任分担や交渉の主導権を明確に定めておくことが重要です。これにより、事態発生時の意思決定の遅れや責任の押し付け合いを防げます。
同時に、ストライキ等の労務トラブルに備え、対応手順や担当者を事前に定め、実行体制を整えておくことも重要です。
最悪の事態を想定し、譲渡代金での調整や従業員対応の責任は買い手が負うといった、売り手のリスクを軽減する条項を交渉で盛り込むことも有効です。
企業買収において、買い手が欲しがるのは「工場や設備」だけではありません。「日系企業としてのブランド」や「信用」も大きな魅力です。そのため、売却後も「現行の社名(商号)をしばらく使用したい」「ホームページのドメインやメールアドレスを一定期間使いたい」といった要望が出ることがよくあります。事例②では、商号の使用に関するトラブルを紹介します。
事例②売却後も「社名」を変更してくれない
売り手である日系企業は、買い手の要望を受け入れ、「商号を契約日から半年以内に変更する」ことを契約で合意しました。
しかし期限を過ぎても買い手は変更を行わず、売り手にとって重大なリスクとなりました。資本関係が解消されているにもかかわらず同一商号が使われ続ければ、買い手側の不祥事や品質問題が発生した際に、日本本社にまで批判が及び、会社やブランドのイメージが毀損される恐れがあるためです。
本件では売り手が仲裁を申し立て、買い手が約定を履行しましたが、解決には多大な労力を要しました。
事例②から学べる対応策
本来であれば、持分譲渡のクロージング(株主変更登記)と同時に商号変更を行うのが最も安全です。ただし、買い手側が商号の継続使用を条件とするケースもあり、その場合は商号変更を受け入れないと譲渡自体が成立しないことがあります。
やむを得ず移行期間を認める場合は、その期間をできるだけ短く設定し、移行可能な範囲(商号、ドメイン、メールアドレス等)を必要最小限に絞るべきです。また、移行期間中に買い手が約束を履行しなかった場合の違約金や差止め請求など、違反時の責任を株式譲渡契約に明確に盛り込むべきです。
さらに、移行措置が実行されているかどうかを定期的に確認する体制を整え、実際の履行状況をきちんと追跡することが重要です。
M&Aにおいて最も避けたいトラブルは、「会社は渡したのに代金が支払われない」という事態ですが、中国の実務では珍しいことではありません。なぜなら、中国の厳格な「外貨管理規制」が構造的なリスク要因となっているからです。
原則として、中国から海外(日本本社)に持分譲渡代金を送金するためには、まず当局で、「株主変更登記(クロージング)」を完了させ、さらに税務局で納税手続きなどを経る必要があります。つまり、先に会社の名義を買い手に書き換えてからでないと、銀行が送金を許可してくれないという仕組みになっています。
ここに「名義だけ変えられて、代金が支払われない」というリスクが生じます。リスク回避のために通常利用されるのが「エスクロー口座」です。これは、銀行などの第三者が一時的に資金を預かり、条件(登記変更など)が満たされたら売り手に送金する仕組みです。
事例③では、エスクロー口座を開設しなかったことが招いたトラブルを紹介します。
事例③譲渡代金が支払われない
ある日系企業の持分譲渡で、買い手が中国企業であったため、譲渡代金を中国国内から日本本社に送金する必要がありました。
実務上、中国の外貨管理の下では、クロージング後に対象会社の株主変更登記が完了しない限り海外送金が認められないため、譲渡代金の支払保証としてエスクロー口座を利用するのが一般的です。
ところが本件では、買い手が「譲渡額が小額であり、エスクロー口座の開設に手間がかかる」として利用を拒み、売り手も早期決着を優先してこれを受け入れました。結果として、契約で定めた支払期限が過ぎても買い手は代金を支払わず、売り手は仲裁を申し立てて代金を回収しましたが、回収に半年以上を要しました。
事例③から学べる対応策
基本的には、エスクロー口座の利用を検討することが強く望まれます。口座開設には、管理金額の目安で約0.5%の手数料がかかります。加えて、開設に通常1〜2カ月を要するため、これを見込んだスケジュール設定が必要です。それでも数億円、数十億円という代金が回収不能になるリスクを考えれば、合理的な「保険料」と位置づけられます。
エスクロー口座を利用しない場合は、預金残高証明書等で買い手の資金力を厳格に確認すること、及び買い手の親会社や実質的オーナーによる連帯保証を求めるなど、二重三重の保全策を講じるべきです。
トラブルを予見し、契約で「予防線」を張る
中国からの撤退・持分譲渡は、法律、政治、人間関係が絡み合う複雑なプロジェクトです。
今回紹介した事例はいずれも、最終的には解決しましたが、それには相応の時間とコスト、担当者の大きな精神的負担を伴いました。
まずは、「トラブルは起きるもの」という前提に立ち、想定されるリスクを洗い出します。次に、契約書に費用負担、違約金、紛争解決手段などの具体的な対策を盛り込みましょう。
併せて、中国の実務に精通した専門家と共に、粘り強く交渉を進めることを推奨します。
本シリーズセミナーの全文を、下記よりダウンロードいただけます。
執筆:上海現地法人 山田商務諮詢(上海)有限公司
(山田コンサルティンググループ株式会社 中国現地法人)
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