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更新日:2024/09/11 公開日:2024/08/28
テーマ: 03.海外ビジネス
新時代のタイ企業再編への道筋 第1回
日系企業のタイ進出を支える 「BOI恩典」の恩恵と弊害
ASEAN諸国の中でも早期に経済成長を実現しているタイは、中国に次いで数多くの日系企業が進出している国です。その背景には何があるのか、また、今後どこに注目していけばいいのか、全3回の連載で解説します。
(記事一覧)
第1回 日系企業のタイ進出を支える「BOI恩典」の恩恵と弊害【本記事】
第2回 複数拠点を整理する、「地域統括会社」という選択肢
第3回 グループ再編の鍵、「企業統合」と「吸収合併」
バンコク日本人商工会議所(バンコクJCC)の会員数の推移を見ると、1954年にわずか30社だったものが、ピーク時の2000年には1,763社にまで急拡大。その後、新型コロナウイルスの影響により2023年までに100社ほど減ったものの、長らく右肩上がりで増えてきたという歴史があります(図1-1)。この流れを後押しした大きな要因の一つが、BOI(タイ投資委員会)の投資恩典です。
BOIはThe Board of Investment, Thailandの略語。国内外で投資家に投資恩典(インセンティブ)を与え、タイ国内への投資を促すことを目的とした政府機関で、投資誘致活動や投資の許認可などを担当しています。
インセンティブの内容は業種や条件に応じて異なりますが、「最長13年間の法人税免除」「機械類、原材料、研究開発での使用品目などの輸入関税の減免・免除」などに加えて、外国人駐在者へのVISA/WP(労働許可証)取得に関する恩典もあります。
ではなぜ、BOIの存在が日系企業のタイ進出を後押ししたのでしょうか?
そのことを知るには、タイにおける外資規制と投資奨励の変遷(図1-2)を簡単に説明する必要があるでしょう。
タイはもともと農業国でしたが、所得向上を目指し、1960年頃から軽工業への転換に注力。輸入を制限することで国内生産を奨励する、輸入代替型工業の育成に力を注ぎ始めます。
その一手として1960年に産業投資奨励法を制定。外資の積極的な導入に乗り出しました。実は1954年にも産業奨励法という法律ができていましたが、外資系企業の株式の一定割合をタイ政府が保有し、かつ法人税免除期間も2~5年と短期間にとどまるなど、外資系企業がタイへの進出を後押しするには今一つ魅力に欠けていたのです。事実、産業投資奨励法制定後から着実に日系企業の進出が増加していきます。
しかし、輸入代替型工業の促進は、資本財輸入などを通じて貿易不均衡の拡大をもたらし、国際収支の悪化を招いてしまいました。そこで1970年代に入ると輸出指向型産業の育成に力を入れるようになり、1972年に投資奨励法が制定されます。これによって法人税の免除や機械・材料の輸入関税減免、輸出産業に対する特別恩典を設定され、奨励企業と認められた会社は国有化しないといったことが明文化されました。
1977年にはこの法律が改正され、最低投資額や輸出比率、タイ側出資比率の条件を設定。全国を4つのゾーンに分け、地方ほど有利な恩典を受けられる「ゾーン制」も導入されています。
アジア通貨危機を契機に外資100%が可能に
投資奨励法の改正によって、日系企業のタイ進出は拡大しました。とはいえその流れは、とても緩やかでした。理由は、タイでは長らく「タイ国内市場を対象とする製造業の外資比率は49%まで」とされていたからです。
これが、1980年代後半から「国内販売が2割まで」であれば、外資100%の進出をBOIが認めるようになりました。この頃から日系企業のタイ進出が急増。その後も外資の保有割合が拡大されていくことになるのですが、そのトリガーとなったのが、1997年に発生したアジア通貨危機でした。
アジア通貨危機が起こる前は、資金調達にかかる金利はドルで5%前後、タイバーツだと約15%ほどだったそうです。そのため、設備投資に用いられる借入金の多くが、ドルで調達されていました。
ところが、アジア通貨危機によって1ドル=24.5タイバーツの実質固定相場が崩れ、タイバーツが大きく下落。1ドル=50タイバーツ以上に跳ね上がってしまいました。これによって返済額が倍増し、債務超過に陥る企業が続出したのです。
増資を行えるほど体力のある企業は限定的だったため、1997年にBOIから「タイ国外に輸出する製品を製造する会社については、タイ側株主の同意が得られた場合に限り外資100%が可能」という布告が発表されました。
さらに2000年には、製造業であれば立地にかかわらず外資100%の保有が認められることになり、2015年にはゾーン制も廃止されました。
このような背景があるため、タイへ進出する日系企業は製造業が中心を占めていましたが、その流れは一巡したのか、2020年に製造業の企業数は減少に転じています。
その一方で、タイ国民の所得水準の向上によって中流層が拡大したこともあり、近年では小売・サービス業の進出が増加しています(図1-3)。
また、2036年までに高所得国となるべく、2017年に新たな経済政策「タイランド4.0」を打ち出し、持続的な付加価値創造に向けた重点業種を発表。ロボット産業や航空・ロジスティクス、バイオ燃料・化学、デジタル産業、次世代自動車など、10業種への投資を奨励していくことを表明しています。これによって、今後重点業種のタイ進出が期待されています。
グループ会社が乱立し、新たな問題が顕在化
タイにおける日系企業増加の背景には、もう一つからくりがあります。それは、BOIの恩典付与が企業単位ではなくプロジェクト単位だということです。
例えば、A社が3つのプロジェクトを年度を分けて立ち上げ、プロジェクトごとに10億円を投資する場合、A社として30億円分の投資に対して恩典を申請するのではなく、プロジェクトごとに申請しなければならないわけです。
しかも、プロジェクトごとに売上やコスト、利益を含めて決算書を作成して提出しなければなりません。それに加えて、A社単体の決算書も必要になります。
こうなると、恩典の対象となるプロジェクトが増えるほど、決算の切り分けや報告が煩雑になり、業務量も増大していきます。それなら「プロジェクト単位で現地法人を設立したほうが処理を簡素化できる」と考える企業がたくさん現れました。タイは会社の設立が簡単なので、同時に進行する複数プロジェクトの処理を一部門で行うよりも、企業を分けたほうが業務負荷も軽減できると判断したわけです。
その結果、タイ国内で複数の事業会社を持つ日系企業が増加していきました。中には、同一敷地内で会社を分けて製造法人を複数設立した企業もあったくらいです。
ところが、これが新たな悩みを生む結果をまねくことになってしまいました。大きく二つの難題が起こってしまったのですが、そのことについては次号で、詳しく解説していきます。
執筆:YAMADA Consulting & Spire (Thailand) Co., Ltd.
(山田コンサルティンググループ株式会社 タイ現地法人)
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