コラム
更新日:2024/06/20
テーマ: 04.コーポレート・ガバナンス
株式の基礎を考える
目次
1. はじめに
前回、株式市場の歴史について振り返った。今回は株式そのものの本質に迫るべく、基礎について掘ってみようと思う。
株式会社の起源は1602年のオランダの東インド会社だと学生時代に習った。また、日本初の株式会社は渋沢栄一翁が1873年に設立した第一国立銀行だと言われている。いずれも、「皆の利益のために出資を集めて事業を興し、その事業で得た利益を分配する」という発想(合本主義)で、東インド会社から420年、第一国立銀行から150年続く優れた社会のシステムであると思う。多くの人が、そのシステムの有形無形の恩恵に浴しているはずだ。
ところで、私はお客様から「株式の資本政策について相談したい」と意見を求められることが多い。ただ、一口に資本政策と言っても、株主設計、資金調達、株主還元、株主の議決権行使など、様々な側面があり、どこに問題意識をお持ちなのか、確認作業が必要だ。
そこで、ここでは色々な顔を持つ株式について、以下の3つの切り口で整理を試みたい。また、今回は上場企業の株式を前提として話を進める。
- 所有と経営の分離
- 所有(株主)から見た株式
- 経営(企業)から見た株式
なお、この整理は網羅的ではなく、独自の見解と主観に基づいたものであるのをご了承いただきたい。さらに、ここでの議論は組織の公式見解を代表するものではなく、あくまで個人の見解である点を明記する。
2. 所有と経営の分離
株式会社の最大の特徴の一つは、所有と経営が分離し得ることだろう。上場企業に限って言えば、所有と経営が完全に一致することはあり得ない。完全な一致は、経営者による買収(MBO:Management Buy Out)により非上場化するしかないからである。
ところで、経営には監督と業務執行の二つの側面がある。米国の場合、監督は取締役(director)、業務執行は執行役(officer)で役割分担しており、取締役と執行役を兼務するのはCEOのみ、裏を返せば取締役はほぼ社外取締役というケースが多い印象だ。
一方、日本では業務執行をせず、監督に専念する社外取締役が増えてきてはいるものの、取締役と言えば、米国でいう取締役と執行役を兼務する社内取締役がマジョリティだ。そのため、所有と経営の分離と言った場合、経営が監督と業務執行のいずれか、もしくは双方を指すのかは、人によってイメージが異なるため、認識合わせが必要だと思うことも多い。
話を元に戻そう。過半数の議決権を支配するオーナー経営でない限り、上場企業は所有と経営が分離しているため、間接民主主義と言える。つまり、株主の支持を得られなければ、経営者は政治家のように職を失う可能性があるし、東芝などの実例もある。ゆえにIR(Investor Relations)が重要になるのだ。政治家の街頭演説などにも似ていると思う。
ところで、私の記憶が確かなら、日本初のIR専門の支援会社は1990年6月に設立された野村インベスターズ・リレーションズのはずだ。ちょうど私が野村證券に入社した年だった。当時はバブル崩壊直後だったが、株式の持ち合いによる安定株主を通じて議決権の票を読むことができ、株主総会も形式的なものが多かった。そのため、上場企業もIRに対する意識が低く、積極的な情報開示をする企業はごく限られていた。そもそもIRという言葉もあまり浸透していなかったと思う。
しかし、持ち合いが崩れると、上場企業は本格的に間接民主主義の意識を持たざるを得なくなった。特に外国人やアクティビストの株主が増える中で、彼らの賛同を得ることが経営者にとって重要となったからである。
私は1990年代後半から投資銀行業務に携わり、欧米企業のIRについても多数調査した。欧米には持ち合いが無いためか、IRにも経営者の切迫感が強く感じられた。株式市場の支持を得るため、必死でIRに取り組む必要があったのだろう。今の日本企業も、ようやく欧米企業のIRに近づいてきている、と感じている。
話は変わるが、事業承継という言葉がある。これは換言すると、所有と経営の体制をどうするのか、ということでもある。スイスのロシュや米国のウォルマートなど、欧米のファミリービジネス(同族企業)では有能な非同族の経営者に業務執行を任せ、ファミリーは所有と監督に特化し、一族の財産である株式の価値を高めることに専念しているケースもある。これも所有と経営の分離をうまく活用している一つの形であろう。
次に所有と経営のそれぞれの立場から見た株式について考えてみることにしよう。所有と経営は表裏一体だ。ただ、立場の違いにより、重視するポイントも異なって捉えた方が分かりやすいこともある。そこで、それぞれの立場における特徴的なことを中心に、私なりの整理をしてみたい。
3. 所有(株主)から見た株式
株主から見た株式の特徴について代表的なものを考えてみよう。
(1) リターンの追求
株主が株式を保有する一番のモチベーションであろう。リターンには値上がり益(キャピタル・ゲイン)と配当(インカム・ゲイン)の二種類があり、双方を合わせた株主総利回り(TSR:Total Shareholder Return)は2019年3月期以降、有価証券報告書でも開示が求められている。株主優待をリターンの一部と考えるケースもある。
(2) 議決権の行使
取締役の選任、利益処分、株式対価のM&Aなど、上場企業の重要な事項について株主は自分の意思を反映させることができる。間接民主主義の選挙における投票のようなものである。
(3) 株主提案によるアクティビズム
保有期間や株数などの一定の条件を満たせば、株主提案が可能だ。株主が自ら会社に働きかける行動主義であり、アクティビズムとも言われる。アクティビストが自ら選んだ取締役候補の選任や会社案より多い株主還元を要求するなどが典型例だろう。2024年6月8日の日経新聞朝刊によると6月総会の株主提案は91社と3年連続最多となっているようだ。
(4) 売却による意思表示
経営者に対する不信任の意思を売却という形で表現する場合である。アクティビズムの対極でもある。もちろん、単純に十分なリターンが得られたので売却をする、という株主もいるだろうから見分けることは簡単ではない。ESG投資で投資家のポリシーに合わないから売却して資金を引き揚げる(ダイベストメント)などが代表例だ。
(5) 有限責任
会社更生などにより100%減資(株式の価値がゼロになる)ことは、株主にとって悲劇である。ただ、株主は出資額以上の責任は負わなくて済むので、有限責任と言われている。合名会社などの無限責任社員とは異なるという意味で用いられる。
4. 経営(企業)から見た株式
同様に、企業から見た株式について主なものを検討してみよう。
(1) 株主資本コストのプレッシャー
株主がリターンを追求している以上、それに応える必要がある。そうでなければ、経営者は株主から支持を得られないからだ。東証が求める資本コストや株価を意識した経営は、まさにこの文脈にあると言えよう。ただ、投資家の求めるリターン(経営者にとってのコスト)は一様ではないため、経営の意思として経営者自らが設定する目標リターンの水準が重要だと考えている。
(2) 資金調達(キャッシュ・イン)の手段
上場企業であることの最大のメリットの一つで、新株発行や自己株式の処分などを通じてキャッシュを得ることができる。一方、希薄化(ダイリューション)により株価が下がることが多いのも特徴だ。そのため、調達した資金の使途の説明や希薄化を補って余りある利益拡大の実績が重要だ。2009年の日立や2015年のソニーのエクイティファイナンスで株主になった人たちは、希薄化を乗り越えた業績回復の恩恵を受け、今は皆ハッピーのはずだ。
(3) 株主還元(キャッシュ・アウト)の検討
株主にキャッシュを返すことを株主還元と言い、配当と自己株取得の二つの方法がある。なお、成長企業は無配であることも多い。成長への投資の果実として株価が上がるという好循環を生んでいるのならば、配当は不要ということもあるだろう。ところで、上記(2)の資金調達はバランスシートの株主資本が増える話だが、株主還元はその逆である。また、自己株取得をすれば、希薄化の逆の現象となるため、一般論として株価にプラスになることも多いようだ。
(4) 株主構成の設計
上場していれば株式の売買は自由のため、同意なき買収を含め、経営者の100%思いどおりの株主構成を構築することはできない。ただ、資本業務提携などを通じて、一部の株主構成を経営から見て好ましいものにすることはできる。政策保有株縮減や親子上場解消の流れもあり、留意は必要ではあるが。個人的には、2002年に中外製薬がスイスのロシュを大株主に迎え、グローバルにビジネスで連携し、株価を大きく上げたのを目の当たりにして、「誰が株主になるのか」というのは非常に重要なテーマだと思っている。なお、オーナー企業の場合、創業家の株式売却ニーズが出てきた時に株主構成の設計について考えざるを得ないことも多いようだ。
(5) M&A通貨としての利用
キャッシュが無くても、株式を対価にしてM&Aをすることができる。合併、株式交換、株式移転、株式交付などがそれである。実際は新株発行や自己株処分により増資を行い、同時にその資金を原資に相手の株式を取得するという一連の流れが裏にある。そのため、希薄化を招くことは頭に入れておく必要がある。また、欧米ではM&Aの対価が現金と株式の組み合わせによるものも多いが、日本では株式交付制度を使えば同じスキームを使えるものの、利用率は低い。一方、政府は現在国内に限られている株式交付制度を海外のM&Aにも使えるように動いているようだ。
(6) インセンティブとしての活用
経営者が株主と目線を合わせ、株価上昇を動機づけられるように、経営者に譲渡制限付株式を付与するケースなどである。最近は金銭対価の固定報酬の比率を下げ、株式報酬の比率を上げる傾向にあると感じている。また、IPO準備企業も含め、優秀な人材を集めるためにストックオプションを付与することもある。
5. おわりに
上場企業にとって、資本政策は切っても切れない重要な経営課題である。加えて、資本政策の検討にあたり、株式の基礎を押さえておく必要があるのではないか、という問題意識から執筆を思い立った。上場企業のCFOや経営企画の人たちなどにとって、本コラムが少しでも参考になれば幸いである。
筆者紹介

山田コンサルティンググループ株式会社
経営コンサルティング事業本部
専任部長
石野 猛士(いしの たけし)
1990年3月慶応義塾大学商学部卒業後、野村證券にて主に投資銀行業務に従事。大手上場企業の資本政策(資金調達や株主還元等)・M&A・事業再生の他、非上場企業のIPO・事業承継、金融公共法人の資金調達・民営化IPOなどを支援。
2019年8月独立起業し、同族企業向けコンサルティングに従事。
2020年9月山田コンサルティンググループ入社。上場企業を中心に東証の資本コスト経営・アクティビズム・サステナビリティ経営(開示含む)・事業ポートフォリオ管理・役員報酬・M&A・中期経営計画などのテーマをカバー。「CFOの片腕」をコンセプトにCEOやCFOに必要とされる存在を目指して役務を提供中。
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