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公開日:2024/11/15

テーマ: 03.海外ビジネス

「政府主導」「小都市国家」の強みを活かす シンガポールのデジタル化政策とは

マレー半島の最南端に位置するシンガポールは、東京23区とほぼ同じ面積の都市国家。人口はおよそ610万人ですが、国民一人当たりの名目GDPが世界第5位という豊かな国です。いまシンガポールで注目されているのが、国全体のデジタル化政策。その背景には何があるのか、見ていきましょう。
(解説=坂野 豪)

1. 世界デジタル競争力3位のシンガポール

国民一人当たりの名目GDPは世界5位

日本からおよそ5300km。赤道直下に位置するシンガポールは、面積およそ720平方km、人口およそ610万人の小国ながら、2024年4月にIMF(国際通貨基金)から発表された国民一人当たりの名目GDPは8万8,447ドルで、世界5位となっています(アメリカは6位、日本は38位)。

1965年にマレーシアから分離独立後、急速な経済成長を遂げてきたシンガポールですが、近年は行政におけるデジタル化が進んでいるとして注目されています。スイスのIMD(国際経営開発研究所)による世界のデジタル競争力ランキング(2023年)では第3位(アメリカは1位、日本は32位。図1参照)。シンガポール政府による積極的なデジタル化の取り組みによるものですが、その背景には何があり、どんな特徴があるのでしょうか。

高付加価値・多民族融和国家であるために

シンガポール政府が行政のデジタル化を積極的に推し進めている背景には、同国が直面している3つの長期的課題があると考えられます。

(1) 限られた国土面積・人口の中で成長を続けるために、労働生産性や付加価値を上げる必要性がある

シンガポールは国土そのものが狭いため、成長するには不動産の価値を高める必要がありました。しかし付加価値の低い産業が国内に存在していると、不動産の価値は上昇しません。そこで、半導体製造など量産による労働集約的な産業より研究・開発的な産業に重点を移し、各産業においても付加価値の低い工程は縮小する政策をとっています。

例えば風力発電機の製作においても単純な製造部分ではなく、最終の組み立て工程のみを担うなど、もっとも付加価値の高い部分に絞って展開しているのです。更にハード産業から情報産業への転換も図られており、それによって国民の給与ベースも上がっています。

また交通の利便性も不動産価値に影響します。シンガポールでは年代などの属性ごとに、どんな人がどの時間帯にどの交通機関を利用するかをデータ化しています。それをIoTで空調などの設備関連とも連携させ、便利で付加価値の高い交通基盤を整備する取り組みを進めています。

(2) 多国籍企業を引き付ける、競争力のある都市であり続ける必要性がある

高度人材の流入促進と世界で最新の知見獲得により国内経済を活性化させるためにも、海外企業の誘致は不可欠です。付加価値の高い産業とインフラを整備し、効率のよいビジネスができる国に進化することで、海外企業のシンガポール進出を促すことができます。実際、多くの多国籍企業がシンガポールを研究・開発の拠点にしようと動いており、シンガポール政府もそんな企業に対して個別にインセンティブを付与するなど、強いリーダーシップを発揮して多国籍企業の誘致を進めています。

(3) 多民族をうまくまとめ、引き続き「機動的に動ける政権」であり続ける必要性がある

シンガポールの民族構成は、中国系(74.0%)、マレー系(13.5%)、インド系(9.0%)、その他(3.4%)となっており(2023年)、公用語は英語、中国語(北京語)、マレー語、タミル語です。所得や教育などの面では民族間の格差もあり、とくに中国系とマレー系の差は大きいといわれています。低所得層を冷遇する政策をとると「マレー人差別だ」という批判にもつながり、体制不安を引き起こしかねません。政府が機動的に動けず、政策が停滞してしまうのです。
そんな多民族国家をうまくまとめるためにもデジタル化は有効です。あらゆる言語で必要な情報に容易にアクセスでき、行政のサポートや助成なども行き渡らせることができるのです。また、デジタル化を進めるにあたっても特定の層が取り残されてしまっては体制不満につながりますから、政府主導で国民全体のデジタルスキル向上のための取り組みが進められています(後述)。

2. 政府が一枚岩で取り組むデジタル化

では、シンガポールはいかにして、デジタル競争力において世界的な先進国になり得たのでしょうか。

機動的な政府の政策実行

シンガポールは省庁間の垣根が低く、相互の連携はスムーズ。つまりセクショナリズムがなく、縦割り的な組織でないことが大きな特徴で、ひとつの政策課題に対して、複数の省庁からメンバーが集まってプロジェクトチームを編成して動いていきます。
そのため課題への対応がスピーディで、かつ短いサイクルで行われます。デジタル化に向けた法整備も迅速に進行中。小さな都市国家であることが強みになっており、政府が一枚岩で取り組むことを可能にしているのです。各人が課題とそれにどう取り組むべきかを認識して議論しているので、実際に政府に勤務した経験のある人に話を聞くと、「行政機関というより、勢いのあるベンチャー企業のようだ」といった印象を持っている人も多いのです。

デジタル化を通じたインクルーシブな社会の実践

高齢者や情報弱者と呼ばれる人たちなど、「デジタルにアクセスできない人をつくらないこと」が、シンガポールでは徹底されています。
例えばコミュニティーセンターのような施設が各所にあり、そこでデジタルスキルのトレーニングを受けることも可能。日本の場合、そうした施設でのトレーニングには事前予約が必要なケースが多いのですが、シンガポールではそういったことも必要なく、気軽に訪れてデジタルスキルを高めることができ、複数の言語でトレーニングが受けられるよう配慮がなされています。もちろんこの取り組みを主導しているのも政府です。
特筆すべきは、高齢者へのスマートフォン購入助成。誰一人としてデジタルアクセスから取り残されない、インクルーシブな社会の実現に向けた施策を打ち出しているのです。

3. 国民・企業の満足度80%超のITサービス

シンガポールにおける行政のデジタル化の進行は、国民生活にどんな恩恵をもたらしているのでしょうか。またその浸透度はどうなのでしょうか。

スマホ1台で何でも完結できてしまう社会

日本では転居や婚姻、出産などの手続きのために役所などに出向くことが多いでしょう。しかしシンガポールでは、役所に行かずともスマートフォン1台でほぼすべての行政手続きが完了します。所得税の納付もスマホで完結できてしまうのです。
病院で診察や治療を受けたときも、帰りに医療費を支払う必要はありません。あとでスマホのアプリに請求書が送られてきて、電子決済で完了します(図2・3参照)。
自分の所得や家族構成などを登録しておくだけで、税制上の優遇措置や子育て関連のサポート情報など、必要な行政サービスについて簡単に把握・活用できるアプリもあるのです。日本ならば申請したり、自分で調べたりしなければ得られない情報が、簡単に入手できてしまいます。

高齢者のデジタルスキルも着実に向上

スマホ1台あればたいていのことができるシンガポール。逆に、スマホがなければ生活ができない環境にもなりつつあります。
すでに述べたように、政府はデジタル化を進める一方で、高齢者や情報弱者などが取り残されない社会の実現を目指しています。国民もそんな政府を信頼し、ついて行っているという印象で、満足度は高いようです(図4・5参照)。ITリテラシーも着実に向上しており、最近では高齢者のYouTube依存が問題になってしまうほどです。

4. シンガポール政府のデジタル化政策を支える民間企業

異なるフィールドで政府を支える大手企業と中小企業

シンガポールにおけるデジタル化は、政府主導で行われているとはいえ、政府だけでは完結しません。当然、それを支える民間企業が存在します。
例えばIBMやアクセンチュア、アマゾン、グーグルなど、シンガポールに拠点を置く大手多国籍企業の多くが、政府と良好な関係を築いています。政府もこれらの企業が提供するクラウドサービスを積極的に活用中です。また、大企業が提供する完成されたプロダクトでは対応しきれない、シンガポール固有の対応が必要なシステムに関しては中小のIT企業が参入し、このデジタル化政策を支えています。大手企業と中小企業は、それぞれが異なるフィールドで活用されているのです。
中小企業と言っても、大手企業や海外のIT企業で勤務歴があるような高い能力を持つ人材も多いため、政府としても適材適所で各企業を活用したい考えです。シンガポールには日本の中小企業庁のような官庁があり、それが各地に根を張って、多くの中小企業と密にコミュニケーションを取っています。その中で成長のために何が必要なのかを模索しつつ、新たな事業が立ち上がればそれを政府が支援するという、良いサイクルが生まれています。企業への金銭的補助やIT人材の育成にも積極的に取り組んでおり、政府の強いリーダーシップで成長に必要な施策を模索し続けています。

事例紹介:Active Interactive Pre Ltd.

従業員200名ながら国の財務格付けは「S10」と高ランク

最後に、シンガポール政府を支える中小企業の事例をひとつ紹介しましょう。
シンガポールを拠点とするActive Interactive Pre Ltd.(以下、Active社)は、アプリケーションやシステムのコンサルティング、開発、サポート、メンテナンスなどを行う従業員200名ほどの企業。政府案件では、市民が使う行政サービスアプリの開発で実績があります。技術面でもクラウドサービスなど、大手と同等のものをキャッチアップしつつ事業を展開中。またシンガポール政府による財務格付けクリアランスにおいて「S10」の認証を受けており、大手と同等規模の入札にも加わることができる企業でもあります。政府と大手グローバル企業のプロダクトをつなぐポジションを確立しているといえるでしょう。

ユニークなのはシンガポール特有の課題をシステムで細やかに解決する取り組みを行っていること。最近では社会保険料の積み立て金額が確認できるアプリや、通院歴や既往歴などが確認できる医療系アプリなどの開発に取り組んでいます。プロダクトアウトになりがちな大手グローバル企業に対し、中小ローカル企業ならではの部分を担ってシンガポール政府のデジタル化政策に貢献しているのです。

Active社がグループ会社にて開発に取り組んでいるのは、血糖値(血中グルコース濃度)をいつでもデバイスで測定できるアルゴリズムです。シンガポール政府の当面の大きな課題のひとつに国民の健康維持があり、特に近年問題になっているのが糖尿病患者の増加です。Active社の取り組みは間もなく臨床試験が終わるという段階に達しており、政府の今後の健康施策をシステムで支えることが可能になります。また、この仕組みが実用化できれば他のパラメータにも応用が可能になり、国民のヘルスケアという大きな課題に対して対応できる可能性を秘めているのです。

おわりに

東南アジアにおいては「シンガポール政府で使われているソリューション」というだけで絶対的な信頼を得られます。シンガポール政府と取引をすることは、今後の海外展開、とくに東南アジア展開を考えるうえでは重要なマイルストーンになるでしょう。
シンガポール政府との取引には確固たる資本力と実績が必要です。後発企業が新規参入し、食い込んでいくハードルはかなり高いため、まずは現地のローカル企業と組んで実績をつくっていくのが良いのではないでしょうか。

監修:YAMADA Consulting & Spire Singapore Pte Ltd
(山田コンサルティンググループ株式会社 シンガポール現地法人)

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