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コラム

更新日:2025/02/19

テーマ: 10.持続的成長 11.事業再生

中堅中小企業の経営論点  鉄鋼・非鉄業界 第6回:営業力と購買力

本コラムは日刊工業新聞の連載「中堅・中小 鉄鋼非鉄経営の最前線」に掲載された⑬情報共有で営業力強化(2023年8月3日)及び、⑯一流バイヤー輝く混沌の時代(2023年9月14日)に加筆したものです。

目次

今回のテーマは、営業力と調達力。ビジネスの基本でありながら人間系に頼り切ってきた領域でもある。改めて鉄鋼・非鉄業界における中堅中小企業の現状を振り返り、改善のヒントを探っていきたい。

営業の知識・顧客情報、縦割りにせずに解放を

 個人を早期に戦力化しチーム全体で営業力を高めるにはどうすればよいか。人が育つ営業部隊はどのように作れるのだろうか。営業力に悩む経営者や営業部長に対し、営業組織の盲点として三つの問いを投げかけたい。
 第一の問いは、営業社員が自社製品を徹底的に理解しているか。まずは人材育成に関する問いだ。至極当然だが盲点でもある。「顧客の問い合わせに対し、自信がない製品については説明を避けてしまう」。これはある金属関連企業のコンサルティングで営業同行した際に聞いた言葉だ。
 オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)不足は営業最前線で差が出る。新入社員や中途社員でも顧客の前ではプロだ。金属製品は鋼材や加工技術など幅広い知見が求められる。ご用聞きの営業から提案型営業を志向する企業は、もう一度、営業社員の製品や技術に関する知識を点検してほしい。
 第二の問いは、顧客情報が蓄積されているか。競合の金属関連企業2社が合併した際の一例を挙げたい。片方の企業は顧客情報を整理し、キーマンの嗜好まで記録していた。それを知ったもう一社がこれまでの営業力の差を納得する場面があった。
 中小企業において担当変更はまれだ。個人商店化は意思決定の速度を上げ、人脈形成と維持に大きな役割を持ちメリットも大きい。一方縦割りにもなりやすい。故に引継ぎは大きな問題になりがちだ。今日から少しずつでも顧客軸で情報の履歴を残したい。
 この点はデジタル変革(DX)も有効な領域だ。今は中小企業にもマッチする顧客管理システム(CRM)や営業支援システム(SFA)も充実している。これらのツールは営業力強化の第一歩になる。

Key Point

・金属製品は鋼材や加工技術など幅広い知見が求められる。営業担当者の製品や技術に関する知識に不足がないか点検が必要。
・営業担当変更がまれな中小企業こそ引継ぎに苦労する。顧客情報の蓄積は今日からでも始めるべき。

営業日報から始まるコミュニケーション

 最後の問いは、教え合う仕組みがあるか。例えば営業日報は本来コミュニケーションツールである。事後報告のみではなく、訪問前に上司が目的を確認し、アドバイスする流れを勧めたい。鋼材デリバリーの訪問でも何か一つ営業のフックを仕掛ければ、その積み重ねが次の機会創出に繋がる。
 営業の最重要ツールであるプレゼン資料も共有検索できるようにしたい。営業力を相互補完する仕組みになる。営業はそもそも他部門に比べ学習や研修時間が少ない傾向がある。テーマごとの勉強会など、学習機会が増えれば、営業の底力がぐっと引き上がり、個を磨く事につながる。
 組織営業を推奨する背景に環境変化もある。情報がデジタル化された現代では商談前に勝負が始まる。購買担当者は事前に商談に訪れる会社のホームページを必ずチェックする。カタログやホワイトペーパーなど製品や技術情報をウェブ上で入手できる導線を作ると良い。ホームページを総務やIT部門が担当している場合、営業社員が確認していないこともある。注意したい。
 組織営業は情報を蓄積、共有化し販売の拡大と人材育成の双方に活用できる有効な仕組みである。営業は情報戦である。積極的に取り組みたい。

Key Point

・営業日報はコミュニケーションツールである。一方的な事後報告ではなく、訪問前に上司が目的を確認しアドバイスする流れをつくる。
・営業プレゼン資料が一人ひとりで異なるケースもあるのではないか。情報を蓄積、共有化できる仕組みが人が育つ営業組織には必要である。

購買部門はコストインパクト視点で花形である

 誤解を恐れずに言えば、材料や部品、間接材などの調達・購買部門は決して目立つ仕事ではなかった。しかし半導体や電子部品の不足に加え、金属材料価格が乱高下する昨今は状況が異なる。全ての産業において調達や購買機能の強化は重要な経営課題となっている。
 そもそも、コストに占める外部調達費用は大きい。鉄鋼・非鉄関連の中小製造業では5割程度は変動費だ。間接材・サービス費などを加えるとさらに増える。購買部門はコストインパクトの視点で捉えると明らかに花形部門なのである。改めて、近年の調達・購買担当者には何が求められるのか考えたい。
 まずは見積査定力。いきなり付き合いや持ちつ持たれつの関係性に頼ったコスト交渉を始めることはさすがにないだろうが、データと照合する仕組みや癖がないとナアナアの見積交渉になりがちと感じる。
 やはりサプライヤーから単価改定通知があった際に前回価格や市場価格と比べることから始めることが重要。価格改定の根拠に前回と齟齬(そご)がないか。改定時期や改定幅は適切か。コスト構造や市場情報など、サプライヤーから情報収集し分析をすることが重要である。自社で調べることも重要だがサプライヤーに説明を求めることが大切である。ここを徹底することで大きな差がつく。

Key Point

・購買部門は、日々の発注納品管理だけであれば目立つ仕事ではない。しかしコストにおける役割と責任は重い。
・見積査定力はデータと照合する仕組みや癖である。サプライヤーに説明を求め一貫性や論理をしっかりと確認すること。

購買部門のトレードオフを理解しているか

 調達・購買部門もキャッシュフローの視点を持ちたい。調達コストの削減だけでなく、在庫や支払いサイトなど、運転資金の適正化も目標に組み入れると良い。そもそも調達部門においてコストとキャッシュフローはトレードオフになりがちだからだ。コスト視点では発注ロットを大きく納入頻度を減少した方が良いかもしれないが、在庫として資金を圧迫する要因ともなる。市況を見て材料の購入量を増減させることを否定するわけではないが、販売・在庫計画と調達計画が連動しないと資金繰りで痛い目を見る。
 次は新規サプライヤーの実力を目利きできる人材育成。既存サプライヤーとの契約や納期管理が主業務になると、市場分析や調達戦略、新規開拓などのソーシングの実力が落ちていく。
 評価項目は品質や価格、納期だけではない。事業承継難や自主廃業などによる安定調達の危機は今後も訪れる。コロナ禍による資材調達の混乱を受けてサプライチェーンリスクマネジメントを洗い出す企業も増えた。リスクを低減、回避するためには何をすべきか、調達先や外注先のリスクや事業継続力をいかに適切に把握するかが、今後ますます求められる重要論点である。

Key Point

・調達部門においてコストとキャッシュフローはトレードオフである。コスト改善施策が資金繰りを圧迫することもある。
・新規サプライヤーの目利き、サプライヤーチェーンリスク評価ができる人材が購買部門の付加価値を上げる。

鉄鋼業界における一流バイヤーを目指して

 会社全体では、調達・購買部門を通らない購入品も多いのではないだろうか。特に年商100億円規模の中堅企業になると国内に複数の工場を持ち、海外で同じものを異なる価格や条件で調達している事例も珍しくない。総務や管理部門、もしくは現場で定期的に契約するような間接資材や外部サービス費用も盲点である。
 「当社は顧客から鋼材を支給されているので調達・購買担当者はいない」という企業もあるだろう。ただ、備えは必要である。材料支給は顧客の集中購買に基づいているが、変化の多い時代の中で、今後も長く続くかは疑問もある。
 鉄鋼業界では顧客の調達方針に翻弄(ほんろう)された歴史がある。ゴーン・ショックによる調達先の絞り込み、海外生産に伴う現地調達の増加、外資企業になれば二社購買を重視することも定石だ。中小企業にもその影響はおよび、淘汰(とうた)を招いた。一方で、収益貢献という意味では調達戦略がいかに重要か、歴史が物語っている。
 今回は購買部門の基礎となる重要論点を一部紹介した。しかしながら単なる値下げは推奨しない。これはコンサルタントとしての経験則だが、価格でしか見ない企業には良いサプライヤーは集まらない。一流バイヤーには何が求められるのか。自社でもぜひ議論していただきたい。購買部門がますます輝く時代がやって来ている。

Key Point

・集中購買や材料支給制度は、未来永劫続くとは限らない。頼っているとスキルが落ちてしまう。備えが必要と心得たい。
・ロジックのない値下げをする企業に良いサプライヤーは集まらない。一流バイヤーの条件とは何なのかぜひ自社でも議論してほしい。

山田コンサルティンググループ株式会社
経営コンサルティング事業本部
部長
横地 綾人(よこち あやと)

大手鉄鋼メーカーにて、製鉄所管理や本社販売計画等に携わる。山田コンサルに参画後は、事業戦略やM&Aを含む事業再編を数多く立案し、その後の実行まで伴走するスタイルを得意とする。
専門領域は鉄鋼・非鉄など素材業界だが、金属加工など中堅中小企業の実績も数多く持ち、日刊工業新聞など業界専門誌での連載も担当している。

中堅中小企業の経営論点  鉄鋼・非鉄業界 第5回:事業計画と実行力

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