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コラム

公開日:2025/01/07

テーマ: 10.持続的成長 11.事業再生

中堅中小企業の経営論点  鉄鋼・非鉄業界 第5回:事業計画と実行力

本コラムは日刊工業新聞の連載「中堅・中小 鉄鋼非鉄経営の最前線」に掲載された⑰数字+物語の事業計画策定(2023年9月28日)及び、㉞事業計画の潮流(2024年6月20日)に加筆したものです。

目次

今回は事業計画を掘り下げる。常に新たな考え方や策定プロセスが生まれる古くて新しいテーマである。

計画一流、実行二流になるな

 「計画一流、実行二流」―。ある鉄鋼メーカー幹部が自社の実行力に課題があるということを表現した言葉だ。しかし実行されない計画そのものにも問題がある。策定過程や中身に不備がないか。多くの事業計画策定を支援した経験から、事業計画をブラッシュアップする工夫を紹介したい。

前年踏襲を疑い、ゼロベース積み上げも一考

 まずは売上計画をどのように策定しているだろうか。販売計画にひもづくマーケットシナリオ、つまり市場環境の前提を明確にしたい。素材価格、顧客内示、為替など鉄鋼や非鉄はマクロ指標に連動しやすい業種でもあるためだ。
 ある企業で材料価格の高騰により計画対比で業績が悪化した。上司からの「計画の前提となる材料価格は」との問いに対し、担当者は「わかりません」と答えた。実際にコンサルティング業務の顧客企業の会議で見た場面である。前提が曖昧だと分析できず、環境変化に対応できない。
 次は製造原価を確認したい。ある金属切削加工業での支援の事例だ。一部の不採算製品が全体の利益を大きく悪化させていることが明確になった。コスト計画に関しては製品別など積み上げのアプローチが有効である。日々の原価管理力が計画策定の精度向上に繋がる。
 固定費や間接費は前年踏襲か前年をベースにどのように計画するか考える企業が多いのではないか。改めてゼロベースで積み上げる視点も重要だ。何に使ったか、本当に翌年は必要か、地道な作業だが指さし確認により改善の糸口が見えてくる。昨今ではデジタル変革(DX)の流れでITサービスの契約も増えているだろう。前年踏襲を避け、しっかりと必要性をチェックしたい。

Key Point

・実行されない事業計画には内容、策定プロセスに問題がある
・ビジョンやありたい姿から逆算した目標数値であることも重要だが、売上計画やコスト計画は前提条件を明確にした積み上げや分解を重視したい
・固定費や間接費は後回しにされやすく、前年踏襲か前年をベースとした数値計画になりやすい
・ゼロベースで本当に必要か点検することで改善の糸口が見えてくる

長期計画では投資計画が中心になる

 ここまでは損益計算書(P/L)計画の話である。しかしこれだけでは不十分である。キャッシュフロー計画の作成もトライしてほしい。特に大型投資を控える成長戦略重視の企業や事業再建途上にある企業であれば、投資回収や運転資金が重要な論点になるはずだ。
 特に長期計画の場合は、売り上げなど単年度のPL思考では実現度が上がらない。いつどのような配分で設備や開発、人材へ投資するか中期投資計画が肝になる。計画策定の終盤に製造部門が老朽化設備の更新を積み上げ、経理が取りまとめて終わりの企業は要注意だ。「脱成り行き」、「脱横ばい」の計画策定は程遠いだろう。仕事柄、数多くの事業計画をチェックする。ビジョンと投資計画の後付けは見抜けるものだ。数字と物語の違和感は拭えない。プレゼンも詰まりやすい。戦略と成長投資はセットなのだ。
 中堅上場企業であれば投下資本利益率(ROIC)を重視する経営を目指す企業もあろう。ただしROICも会計上の利益がベース。投資家の求めるキャッシュリターンとは異なる。営業キャッシュをどう成長投資と株主還元に配分するか示すことで、企業価値向上に資する一歩進んだ事業計画になる。

Key Point

・損益計算書だけではキャッシュが増えるのか減るのか見えてこない、大型投資が必要な成長計画や再建計画が前提となる企業はキャッシュフロー計画も策定するべき。
・営業キャッシュフローをどのように成長投資に配分していくのか、そのサイクルを構築することが財務規律をもった持続的な成長に繋がる

物語なき数字にも、数字なき物語にも意味はない

 事業計画も終盤。行動計画に落とし込む。アクションプランでは曖昧な表現を避けたい。例えば「不良率を下げる」や「営業力を強化する」では不十分。具体的にどんな状態か、目標数値はいくつか、現在の実力と目標差異はどの程度か。達成すれば売上や原価にどんな効果があるか。ここまで深堀して初めて取るべき行動とステップが見えてくる。
 最後にモニタリング体制とその方法もセットで決める。PDCA(計画、実行、評価、改善)に悩む企業は、いつ誰がどのように何の指標で評価するのか、いわゆる「5W1H」で確認したい。
 「物語なき数字にも数字なき物語にも意味はない」これは著名な経営者の名言だ。実行するのは人である。精度の高い数値計画や行動計画を土台に、人の心に火をつけるストーリーや共感できるビジョンが求められる。先の読めない状況は続くが、事業計画が変革の第一歩になることを期待したい。

Key Point

・アクションプランは曖昧な表現ではPDCAのしようがない、徹底的に深堀していく
・PDCAはいつ誰がどのように何の指標で評価するのか、いわゆる「5W1H」で確認を

策定プロセスで経営に差が出る

 これまで事業計画のポイントを説明したが、実はその策定難易度が上がっている。自動車や電気自動車(EV)販売は成長の鈍化が生じ、シクリカル(循環)性の高い半導体は予測自体が難しい。脱炭素の流れも不可逆だが未来を正確には見通せない。上場している鉄鋼・非鉄関連企業は相次いで中期経営計画を発表しているが、改めて計画策定のポイントをどう考えるべきなのだろうか。「環境前提」「大義」「投資」「腹落ち」の四つを考えていく。

10年先の未来を見据え、自社の大義を見つめなおす

 環境前提については、まず今の市場がどのようになるのか考えていく。言い換えればシナリオ想定だ。顧客や競合の動向、材料や労働市場の見通し、社会変化や技術革新の進展など具体的に設定したい。
 例えば鉄鋼・非鉄業界は10年先が一つのタイムスパンだろう。裏返せば、足元から3年分の数字と施策を積上げて中計を策定するだけでは不十分だ。環境前提を数値など明確化すれば、結果的に外れても環境変化に敏感になり軌道修正も早くなる。筆者はこの仕組み自体が、差別化された組織能力の一つと考える。
 二つ目は大義だ。「鉄は国家なり」は製鉄業の存在価値として不変な時代があり、連なる中堅・中小企業も経済や文明を支える自負を持っていた。国内は成熟し脱炭素要請がある中、業界には萎縮の雰囲気もある。一方、その中でも自社の存在する大義や長期ビジョンを明確化し、従業員の心に火を付ける中堅中小もある。そのために今何をすべきか。逆算型の計画策定手法を取り入れたい。

Key Point

・事業計画では環境前提をどう考えるかがとても重要。鉄鋼・非鉄業界は10年先が一つのタイムスパン。
・「鉄は国家なり」もひとつの存在価値表現。自社の存在する大義や長期ビジョンを改めて明確化・言語化しておきたい。

事業計画の腹落ちにはキャラバンが効く

 最後は従業員の腹落ちについて考える。筆者は組織が拡大する中堅にこそ「キャラバン」を勧めている。非常に単純で、経営幹部が直接赴き説明し対話していくというものだ。これだけで現場側の解像度は上がり、組織の熱量も増す効果がある。対話で生まれる示唆が計画の改良にも繋がり、幹部の一体感も強まる。
 以前筆者が同行した中堅の海外キャラバンでも組織に働いていた「遠心力」が弱まり、距離感がぐっと縮まった実感を持った。このキャラバンの効果はラーニングピラミッドというモデルを参考にしている。人が納得し記憶に定着するには段階があり、聞くだけでは記憶に残らず、対話や実践を経験して人は何かを記憶していくという理論だ。つまり策定後にこそ実行される事業計画としての実力の差が付いていく。
 言い換えれば、計画策定は最後に至るまでのプロセスが重要だ。難しい時代ほど経営に差が出る。だからこそ計画策定も形骸化から脱し、本気で取り組みたい。

Key Point

・組織が拡大する中堅企業では、従業員の腹落ちを促す、「事業計画説明キャラバン」をすすめる
・対話をすることで事業計画が社内に浸透しブラッシュアップにもつながっていく。

山田コンサルティンググループ株式会社
経営コンサルティング事業本部
部長
横地 綾人(よこち あやと)

大手鉄鋼メーカーにて、製鉄所管理や本社販売計画等に携わる。山田コンサルに参画後は、事業戦略やM&Aを含む事業再編を数多く立案し、その後の実行まで伴走するスタイルを得意とする。
専門領域は鉄鋼・非鉄など素材業界だが、金属加工など中堅中小企業の実績も数多く持ち、日刊工業新聞など業界専門誌での連載も担当している。

中堅中小企業の経営論点  鉄鋼・非鉄業界 第4回:原価管理・在庫管理の優劣

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