コラム
更新日:2025/01/07
テーマ: 10.持続的成長 11.事業再生
中堅中小企業の経営論点 鉄鋼・非鉄業界 第4回:原価管理・在庫管理の優劣
本コラムは日刊工業新聞の連載「中堅・中小 鉄鋼非鉄経営の最前線」に掲載された⑧在庫管理とキャッシュフロー(2023年5月18日)及び、⑪実務に生かす原価管理(2023年6月29日)に加筆したものです。
目次
今回は、企業における原価管理や在庫管理の重要性を掘り下げる。前半は原価管理、後半は在庫管理とキャッシュフローの問題を考えていく。
原価管理の重要性が浸透してきた
「原価計算をする暇があればハンマーを握れ。」これは50年以上前、日本の中小企業の実態を表現した言葉の一つだ。翻って現代においては原価管理が重要と考える経営者は増えた。果たして原価管理は中小企業経営の期待に応えられるレベルに進化したのか。実態と展望を考察する。
原価管理で優劣がついた最新事例は価格転嫁である。ある金属製品製造業者は正確な「製品別実際原価」を提示し自動車や建産機メーカーなどの大手顧客と交渉。材料のみならず電力や副資材の価格上昇分の転嫁を迅速に実現した。実際原価計算は原価管理における第一ステージである。
Key Point
・価格転嫁の成否を分けるカギは原価管理にある
・まずは実際原価計算から始めたい
財務会計と繋がった原価管理になっているか
原価管理を意思決定や経営実務に生かすためには注意点もある。まずは財務会計とのつながりだ。個別原価計算などの管理会計と、決算書などの財務会計の数字が整合しないパラレルワールド状態になると経営判断は怖くてできない。原価改善が損益計算書(P/L)にどう反映されているか整理しておきたい。
次に「原価管理は細かく管理しなければいけない」という落とし穴を避けることにも留意したい。
経営学の父と呼ばれたF・テイラー氏の言葉を借りれば「管理は測定から始めよ」。粗くても月次で見える化し、粒度や精度を一歩ずつ向上させれば十分だ。
原価は上流で制するという考え方がある。原価企画だ。部品に近い金属製品製造業の場合、企画を設計する段階における目標原価計算がとても重要。
大型建築物件や自動車であれば電動自動車(EV)関連部品など、戦略案件として目標原価計算をおろそかに受注したことはないだろうか。
実際に原価が発生するのは製造段階だが、原価の80%は企画の設計段階で決まると言われる。原価の世界でもPDCA(計画、実行、評価、改善)のPが肝になる。
Key Point
・正確な意思決定のためには決算書など財務会計と原価管理を紐づける
・原価の80%は企画や設計段階で決まる。原価企画の考え方も重要
設備や人の生産性を見える化せよ
原価企画には固定費のマネジメント力が問われる。設備稼働率や生産性は現場の力そのものだ。これは量産品が多い企業だけの話ではない。多品種小ロットの金属加工業や一品一様の金型製造業などでも製造業のもうけの本質は人や設備にある。
簡易的なセンサーなどを用い、低採算で中小製造業のモノのインターネット(IoT)化を図るサービスの選択肢も増えた。これらは段取り時間の削減や効率の良い生産計画に役立つ。原価改善に必要な指標が直感的に見えれば、現場の力はさらに磨かれていく。
最後に原価管理とキャッシュフロー管理の一体化を提案したい。特に生産の立ち上げ時などは在庫などの運転資金が経営を圧迫する。原価管理と資金繰りは所管する部門が異なる事も多い。部門間の連携を密にし、「数字にこだわる経営」を実践したい。
ある中小企業経営者は「原価管理で経営判断の自信がついた」と話す。経営の守りを固めただけでなく、戦略の幅が広がった実感を得たようだ。
原価計算を管理部門など一部で終わりにしてはいけない。会社全体の共通言語になる事を目指すことが重要だ。
Key Point
・デジタル技術を使い、原価改善に必要な指標を見える化することで現場の力を磨く
・原価管理やキャッシュフローを重視する「数字にこだわる経営」を全社に浸透させるべき
在庫管理の”有事”が続いている
後半は在庫管理とキャッシュフローを考える。
在庫管理に関し“有事”が続く。供給網の混乱、コロナ禍による急な増減産、原材料価格の乱高下などで在庫にしわ寄せがあり、運転資金の増加が企業財務を圧迫してきた。重要なポイントを3つ紹介する。
1つ目は在庫把握だ。正確な在庫情報や数量を管理できているか。金属製品は重量や長さなど単位が多岐に渡り、鋼種も外見の判断は難しい。帳簿上の理論在庫と実在庫がズレやすいのは事実だ。よって5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)などを実施しながら現物保全に加え、正確な在庫量に月単位などで随時補正する仕組みが重要になる。
グループ企業を持つ中堅企業の場合は、連結での在庫管理も取り入れたい。資金繰りが悪化する前兆は早めに掴むことだ。
Key Point
・5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)などを実施しながら、正確な在庫情報の把握、数量管理を改めて徹底したい
適正在庫の水準とその維持には何が必要か
2つ目は適正在庫だ。適正在庫は運転在庫に安全在庫を加えたもの。一見難解に見えるが、計算自体は決めの問題だ。実務上はその水準を維持する方が遥かに難しい。
特に製品や品種単位での回転率管理は必須である。加えて差が出るのが精緻な販売見込み作成への努力。顧客の需要想定や内示をうのみにし過ぎてはいけない。多くの現場では供給責任を優先し、在庫削減のインセンティブは湧きづらい。
安全在庫を100%リスクフリーな量をもつことは過剰だ。経営として許容できる線引きをするべき。感覚的な判断は避けたい。
Key Point
・適正在庫は運転在庫に安全在庫を加えたものであり計算自体はシンプル
・適正在庫を維持するための販売計画の精緻化や、生産計画の作りこみがより重要
曖昧な在庫責任にメスを
3つ目が在庫責任だ。企業の製販会議で、在庫の過剰や増加を押し付け合う景色も多く見てきた。
物流部門や間接部門はアラームを鳴らすことはできるが、削減活動そのものは営業や製造、購買など在庫の発生に関わる部署が等しくカギを握る。原因追及と改善ができる役割と体制が望まれる。
しかし、中小企業であっても人間による在庫管理に限界があることは確かだ。その点で在庫管理はデジタル技術と相性がよい。
今や鉄鋼・非鉄に関連する中堅・中小企業に特化した販売・在庫・加工管理システムは豊富にある。特殊な管理や業界慣習を踏まえた標準パッケージも充実している。在庫管理は小口短納期販売や原価管理の基盤であり、攻めも守りも重要だ。デジタル変革(DX)に期待する。
Key Point
・在庫削減活動では原因追及と改善ができる役割と体制が望まれる
・鉄鋼非鉄業界に特化した在庫管理システムも豊富。デジタル技術と相性も良く選択肢に
在庫は資金という意識の希薄さこそが課題
ある企業経営者は「在庫は資金だ」と社員にしきりに伝えていた。日々の業務でその意識は薄れやすいからだ。補給品や小ロット品の不動在庫が積み上がっている場合もある。経営者自ら実棚に立ち会い意識を共通化する事も一考だ。在庫管理の優劣は経営者の意識次第ともいえる。
業界全体ではサプライチェーンが長く内外製も多岐にわたるため、在庫の物理的な場所が流通や加工を担う中小企業に点在している。不確実性の高い市場環境はまだ続く。在庫管理を制し、キャッシュフロー経営を磨いてほしい。

山田コンサルティンググループ株式会社
経営コンサルティング事業本部
部長
横地 綾人(よこち あやと)
大手鉄鋼メーカーにて、製鉄所管理や本社販売計画等に携わる。山田コンサルに参画後は、事業戦略やM&Aを含む事業再編を数多く立案し、その後の実行まで伴走するスタイルを得意とする。
専門領域は鉄鋼・非鉄など素材業界だが、金属加工など中堅中小企業の実績も数多く持ち、日刊工業新聞など業界専門誌での連載も担当している。
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