お問い合わせ

コラム

更新日:2024/10/24 公開日:2024/09/26

テーマ: 10.持続的成長 11.事業再生

中堅中小企業の経営論点  鉄鋼・非鉄業界 第2回:価格の最前線

本コラムは日刊工業新聞の連載「中堅・中小 鉄鋼非鉄経営の最前線」に掲載された③価格と経営(2023年3月2日)及び、㉙賃上げ・値上げサイクル(2024年3月28日)を元に加筆したものです。

目次

価格転嫁が注目、不退転の動き相次ぐ

 価格転嫁は今や最大の経営課題の一つだ。鉄鋼や非鉄の中堅・中小企業も、材料価格や加工賃単価値上げに不退転の決意を持っている。
 官側の姿勢も徹底している。2022年末に公正取引委員会、23年2月に経済産業省がサプライヤーからの価格転嫁に非協力的な大企業を公表。鉄鋼・非鉄関連企業も散見される。昨年末には公取委が「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を公表。根拠資料も公表データで十分合理的なものとすべきなど、調達部門の交渉現場や経営姿勢に強いプレッシャーがかかる内容だ。

Key Point

・価格が経営課題の最優先事項のひとつになっている
・公正取引委員会や経済産業省、中小企業庁なども協力に価格転嫁の後押し
・仕入れ側においては、調達購買部門の交渉現場に強いプレッシャー続く

なぜ価格転嫁は進まないのか

 しかし成果は不十分だ。なぜか。価格転嫁が難航する背景を業界の構造課題から考える。第一として、価格よりも数量シェアが重視されてきた歴史がある。製鋼・精錬などの上流工程の慢性的な生産能力の余剰により、価格を下げてでも数量確保することで売り上げ面積を最大化させる考えが正当化されてきた。大手の数量シェア争いは業界全体に価格の地盤沈下を招き、価格への意識も希薄化させる遠因ともなった。
 価格設定の考え方にも問題がある。例えば紐付き取引でも、原価に一定の利益を乗せるコストプラス法が主流だ。マージン確保のためフォーミュラ制を採用する企業もあるが、仕組み上、材料上昇局面や値上がり品目が拡大する中では、転嫁の遅れや漏れが発生しやすい。また高機能材料の場合、この手法は顧客が得る価値に対し、自社価値を過小評価しかねない。
 下請け構造も悩ましい。材料支給を受ける場合、営業や調達の機能はどうしても弱る。価格の感覚は麻痺していく。自給材拡販や価格交渉の難航に直面し、経営者は「うちは営業力が弱い」と嘆く。

Key Point

・数量シェア重視や、原価に一定の利益を乗せる価格設定方法では、付加価値に対し低価格になりやすい構造
・下請企業で営業力が弱まっていることも転嫁が進みにくい理由のひとつ

交渉は理論と世論の両輪

 価格戦略が不足してきた企業も多い一方、価格改定を早く確実に実現する企業もある。ひとつの共通点として、原価管理の強さを挙げたい。顧客が大手の場合、稟議(りんぎ)などの複雑かつ緻密な意思決定プロセスが存在する。
 コストアップを製品別に瞬時に正確に算出できる企業は、値上げを理論で説明できる。実際に同業でも値上げの初動に半年以上差が出るケースもあった。価格交渉の世界では世論と理論は両輪だ。
 自社のポジションを客観的に捉えることも重要。高付加価値品にシフトする日本製鉄は、価値が正当に評価されていないとひも付き顧客の大幅値上げを断行。顧客価値を起点に価格設定するバリューベースの考え方だ。「最大手だからできる」と諦める経営者もいる。しかし、いま一度考えてほしい。中小でもオンリーワンの地位を構築している企業を多く見ている。価格を自ら毀損(きそん)してはいけない。
 価格設定を経営視点で捉え、企業経営に必要なキャッシュフローや利益、実現可能な原価から販売価格の目線を持っておく事も薦める。価格を顧客や現場任せにせず、経営が統制すべきだ。価格転嫁は第一歩。価格を自社の経営に取り戻してほしい。

Key Point

・価格転嫁をいち早く実現できる企業の共通点は、原価管理の徹底
・顧客が求めるロジックや稟議を理解した値上げデータが示せると尚良し

構造的なコストプッシュは続く

 鉄鋼・非鉄金属の大手企業は近年、国内外の需要が停滞する中でコストプッシュ型値上げ、いわゆる価格転嫁を実施してきた。しかしコンサルティングとしての現場実感や多くの調査が示す通り、中堅・中小企業が値上げできず、コスト負担する構図も垣間見える。
 2024年、隔年春闘ではあるが鉄鋼大手の賃上げ率は10%を超えた。新卒初任給も顕著に上昇。中堅・中小企業も従業員の期待と圧力が増している。鉄鋼・非鉄業界の採用市場におけるブランド力を考えると、人材採用や定着に向けたさらなる待遇改善も求められる。人件費増加はますます進む構造にある。
 日銀が金利政策を変更し、日本も「金利のある世界」に突入した。人件費や原材料上昇だけでなく、銀行借入の金利負担が増す。原材料高や円安、物流費などに起因する変動比率上昇に加え、固定費のコストプッシュも構造化していく。

Key Point

・鉄鋼・非鉄金属業界も賃上げ相次ぐ、人件費増加は今後も続く
・エネルギー費や物流費、金利などコスト増加を漏らさず数値で押さえたい

業界慣習や下請構造にもメスが入る

 従来から原材料価格などは価格フォーミュラなど、価格改定が反映されやすい仕組みも存在していた。一方、労務費は生産性向上など企業努力で吸収すべきという風潮もあり値上げが進みにくかったが、ここにもメスが入った形だ。
 3月には日産自動車が下請法違反で再発防止の勧告を受けた。コンサルティング現場でさまざまな取引を見るが、割戻金や調整金、キックバックの類は決して少なくなく、かつ複雑だ。理屈も仕組みも明文化されておらず、慣習化されている。自動車業界の取引慣行そのものに切り込み、値上げサイクルを整流化する狙いもあると捉える。

Key Point

・自動車業界の下請法違反が増加傾向、大手自動車メーカーの事例相次ぐ
・顧客側は、不透明かつ複雑な業界慣習も疑いを持って適正化しておく姿勢が重要

価格とコストにPDCAの仕組みを

 中堅・中小企業の値上げ実務は、小手先の交渉手法よりも準備がずっと重要だ。原材料やエネルギー費などの交渉に必要なデータは日常的に揃えること、製品単位で採算悪化が分かる原価管理を実施することを強く勧めたい。
 値決めは担当者任せにせず、経営者が自分事として取り組む姿勢が重要だ。事業計画策定の考え方も見直す必要がある。これまで賃金上昇を年率2%以下でみる企業が多かったが足元はそれ以上だ。
 販売価格は実績据え置きや、原価低減要請を一律反映するなど計画策定時に販売価格を深く議論していない企業は要注意だ。コストと販売価格に焦点を当てたPDCA(計画、実行、評価、改善)を構築したい。

Key Point

・値上げは現場の交渉力以上に、原価管理など準備段階でおおよそ決まる
・経営課題として販売価格とコストのPDCAサイクルを確立したい

山田コンサルティンググループ株式会社
経営コンサルティング事業本部
部長
横地 綾人(よこち あやと)

大手鉄鋼メーカーにて、製鉄所管理や本社販売計画等に携わる。山田コンサルに参画後は、事業戦略やM&Aを含む事業再編を数多く立案し、その後の実行まで伴走するスタイルを得意とする。
専門領域は鉄鋼・非鉄など素材業界だが、金属加工など中堅中小企業の実績も数多く持ち、日刊工業新聞など業界専門誌での連載も担当している。

中堅中小企業の経営論点  鉄鋼・非鉄業界 第1回:業界変革期

前の記事へ

中堅中小企業の経営論点  鉄鋼・非鉄業界 第3回:ファミリービジネスの潮流

次の記事へ